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読みたい本が少ない…

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 3月27日(木)22時06分28秒
   都会の大きな本屋に行っても、1/4が漫画本、1/4がお受験関係、1/4が雑誌関係、残りのスペースを理工学、パソコン、文学、文庫本。平積みのところに今流行の本が置かれている。何かの文献を捜すとか、仕事に必要な法令集や少し以前の詩や小説等を捜しても見あたらない。 結局、雑誌やパソコンの本を立ち読みして帰るのが落ち。図書カードがなかなか減らない。広くても中身がなければしょうがない。  
 

地方都市の本屋

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月27日(木)15時36分7秒
   地方の小都市のよいところは駐車場が広い。スーパーもコンビニも食べ物屋もパチンコ屋も、また本屋やパン屋の店舗もとにかく広いスペースだ。駐車券なんぞもないから自由自在だ。ちゃっかり一日中停めている通勤車もあるようだ。逆に言えば、客の足は車便りだから駐車場の広さが死活を制する。都会で駐車違反の常習犯だったからまことにありがたい。

 ところが、駐車場の広さほどには本屋の店舗は広くない。それだけ本の数が少ないということ。
 本を読まない時代になったようだが、地方はいくら品揃えしても、人口減も加わってさらに売れないのか。かといってアマゾンを利用していると思えない。
 本屋にぶらりと立ち寄って、立ち読みして、ほい、これを買おうというのが醍醐味なのだが、本が少ないとそれが味わえない。
 これ、本屋だけに本末転倒と思うのであります。
 

おまわりさんの異動

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月20日(木)15時12分17秒
   大分県警は7百余名の大規模な人事異動を発表した。団塊の世代に属する退職者が多い影響もあるのだろう。転勤もあれば昇格もある。警察官といえども悲喜交々だろう。
 駐在のおひまわり…おっと、おまわりさんも転勤が決まった。もっとも、新聞には警部昇格者以上の対象しか載っていない。57歳の巡査部長はヒラというわけだ。
 過去に上司と悶着を起こした話もある。組織内のトラブルメーカーらしい。一人勤務の駐在所に放り出されているのだから、出世の階段を踏み外したことは想像に難くない。
 さて、どこに転勤したかというと、耶馬溪のど田舎の駐在所である。組織から切り離して、定年までの2年余をこのまま田舎で飼い殺しする魂胆ではないかと思う。県警はここまでやるのですな。今流行りの言葉で言えばKYだが、根はいい男だ。しかし、組織に睨まれると、駐在族をいう警察の窓際族になるらしい。

 昨夜、飲み仲間の発案で歓送会を催した。「定年まで辛抱しな」と言っておいた。
 

日露戦争の兵卒の戦死

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月18日(火)19時59分37秒
   手元に村役場の宿直者の筆録がある。明治38年7月6日の項に「静修、鶴城(村の小学校)で教鞭を執りおりしか、昨年召集せられて征露の途に就けり…戦闘において不幸敵弾に斃れる。功をもって功七級金鵄勲章及び勲八等白色桐葉章を授与せらる。その勲功抜群なり」とある。小学校教員の戦死である。
 金鵄勲章の功七級は最下級になる。白色桐葉章の勲八等もこれまた最下位にあたる。いずれも兵卒が対象だ。明治時代の陸軍では一等兵と二等兵が兵卒とある。上等兵や兵長の階級はまだない。軍は階級によって差別する最たる組織ですな。

 戦病死者には一時賜金が出た。明治38年7月、大分県が発表した「時局関係経済調査」に過去一年間余の郡別の一時賜金の表があった。この村の属する郡は三番目に多い。つまり戦病死者はワースト三位になる。

 実は、この村は市に併合前の在所であります。
 

キャッチ22

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月17日(月)20時08分19秒
   ダン・ブラウン著『天使と悪魔』に「ああ。アメリカ人ならどん詰まりとでも言うところさ」のセリフがある。この「どん詰まり」にキャッチ22とルビを振っていた。
 30年以上前、アラン・アーキン主演の「キャッチ22」を観た。戦争の狂気をモチーフとしたものだが、もう憶えていない。ただ、タイトルだけが意味不明として記憶から消えない。なるほど、「どん詰まり」ということですか。やっと言葉の解明ができました。

 もう少し調べると、22とは軍規第22項の規定のことだった。この規定は「狂気に陥った者は自ら申請すれば除隊できる。ただし、自分の狂気を申請できる程度ではまだ狂っているとは認められない」というものだ。むろん、小説の産物だが、そこから、板ばさみの状態、ジレンマに陥る状況を「キャッチ=22」と呼ぶ慣用句ができたらしい。まァ、どん詰まりも似たようなものだろう。

 最近の防衛省の面々は、まさしく「キャッチ22」の状態にありますわ。
 

同窓

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月16日(日)20時49分47秒
   会計検査院の調査官からシステム開発の外注費でネチネチやられた。後で知ったが、盛岡一高の後輩だった。電話で先輩の顔を立てろと言ったものだ。
 某銀行系のシステム会社の男と取引の話をした。やはり後輩だった。
 某新聞社の子会社で研修をした。昼飯に付き合ってくれた担当の上司が後輩だった。
 インテリア会社の研修で、盛岡生まれの自己紹介をした。休憩時間に受講社員の一人が盛岡出身という。話を進めると同期の息子だった。
 東中野のおでん屋で隣り合わせた男は先輩の息子で、かつ後輩だった。

 世の中は狭いと思うが、半世紀の間にはその程度の邂逅はあるでしょうね。
 

坂の上の雲

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 3月16日(日)01時37分52秒
   坂の上の雲に登場する秋山好古は日露戦争のとき永沼中佐を隊長とする第一挺進隊を編成した。本隊、浅野中隊、中屋中隊で構成された。中屋中隊長は白堊三四会中屋重行君の祖父にあたるということだ。偵察隊兼遊撃隊としてロシア軍の補給・兵站拠点に打撃を与え、奉天会戦での日本の勝利に貢献した。しばらく経った後、この時に中国の張作霖と友好関係を結んでいたことで軍に疑いをかけられ憤慨した中屋氏は陸軍を退職し教育者として身を立てたらしい。
 我が校の校歌は戦後すぐに在校生からも廃止の声が挙がり存亡の危機に立たされたが、盛岡中学・盛岡商業・盛岡高等女学校が連合されて出来た盛岡高校時代に初めて入学した女子生徒の校歌存続の声が強く結局廃止は免れたと言う説もある。
 ほかにも白堊の同窓生には様々な系譜を持つ人達が居るようだ。
 

旧制の尋常中学

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月15日(土)15時59分0秒
   母校の沿革をたどると、明治13年(1880年)公立岩手中学校設立、明治19年(1886年)岩手県尋常中学校と改称、翌年岩手県盛岡中学校と改称、明治32年(1899年)岩手県盛岡中学校と改称とある。
やたら改称しているが、岩手を盛岡に名称変更したことはさておき、改称の理由は「尋常」にある。

 旧制の県立中学校は明治の一時期に「尋常」の名が付けられた。明治19年の「中学校令」によって、中学校の名称が高等中学校(明治27年に旧制の高等学校に改称)と尋常中学校に分かれたからだ。それが岩手県尋常中学校と改称された所以である。尋常の文字が消えたのは明治32年の改正による。それで岩手県盛岡中学校になる。
『金色夜叉』の間貫一は、旧制一高生と思われているが、小説では高等中学生とある。つまり、小説の舞台背景は明治26年以前となる。

 ついでに加えると、先の「中学校令」では、県立の中学校は原則として一府県一校とされた。この原則は明治24年に解除されたが、岩手県は教育不熱心のせいか、一関尋常中学の設立は明治31年と比較的遅い(翌年「尋常」が取れて一関中学となる)。

 ちなみに、大分県の一府県一校の原則は大分中学校だが、原則解除後、明治27年中津中学校が二番目に名乗りあげた。さすが、学問をすすめた福沢諭吉のお膝元だ。同30年には、都築、臼杵および竹田に中学校が創設されている。
 地元同人誌の原稿のため、こんなことを調べていました。
 

校歌のことなど

 投稿者:桃生  投稿日:2008年 3月15日(土)15時57分56秒
   大納言のNHK放送文化賞受賞については意外と反応が少なかったのですね。NHKにはいろいろ文句がないわけでもないけれど、同級生だった中村君には素直に「おめでとう!」です。

 久しぶりに掲示板にお邪魔して「盛高・・・」の投稿から、最近読んだ反「司馬史観」を書いた本に、盛岡一高の校歌について言及している部分があることを紹介したくなりました。『「坂之上の雲」に隠された歴史の真実』というこの本は結構売れているし、同じ著者福井雄三氏の書いた『司馬遼太郎と東京裁判』というのも話題のベストセラーですから、諸兄からとっくに読んでるぞとお叱りを受けそうですが、私など読むまで戦後GHQの圧力を撥ね退けて守り抜かれた校歌とはついぞ知らなかった。あの曲、入学当時ちょっと気恥ずかしく感じたものでした。たしか変えようというう動きもあったように記憶していますが・・・いまはちょっといとおしく感じますねぇ
 「坂の上の雲」は近々NHKがドラマ化して放送するようですが、反「司馬史観」にからんで脚本家が自殺したとか、どんな風に料理して提供されるのか興味津々と言うところです。
 

内蔵助の手紙

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月14日(金)12時14分10秒
編集済
   小生、晩酌の習慣を持たない。呑みに出かけなければアルコールと無縁になる。しかも、自分の意思で呑みに行くのはせいぜい月に2回ほど。つまり、2週間は肝臓に迷惑をかけない。
 昨13日は4軒もハシゴをしてしまった。過ぎたるはなお及ばざるがごとしだ。

 さて、今日3月14日(実際は旧暦の月日ですけど)は、刃傷松の廊下ですな。赤穂浪士の討ち入りの翌12月15日、大石内蔵助が泉岳寺の亡君の墓前に告げた書置きが、古書にあった。

「元禄十五年午十二月十五日 唯今面々名乗り申す通り 大石内蔵助始め、御足軽寺坂吉右衛門迄都合四十七人死を進めし臣等謹んで亡君の尊霊に告げ奉り候 去年三月十四日尊君上野介を刃傷の御事 私共其仔細存じ奉らず 然る所 尊君御生害 上野介殿御存命 御公戴の上 私共斯くの如くの企…四十七人の者ども雨に臥し 雪にたたずみ…昨夜申し合せ 上野介殿御宅に推参仕り 即ち上野介御供申し 是迄参上仕候…」云々と続く。「上野介御供申し」とは、刎ねた首を持参したということですな。

 義士の書簡は偽作が多いそうだが、この書置きなんぞも後世の作り物でしょうね。
 ところで、同じ文を二度も投稿していた。削ってくださいな。
 

いいんだか、悪いんだか…

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 3月13日(木)22時46分40秒
   1995年10月(バブル絶頂期)以来、12年半ぶりに1ドル=100円を突破、99円75になった。
これは円が強くなったのではなくドルが弱くなったためで、どうもドルを機軸とした世界経済が崩壊する前兆ともとれる現象らしい。代わって台頭してきたのが中国マネー(元)とオイルマネー。鼻息も荒く世界中の株式、投資信託、不動産を買いあさり、米国銀行に資金投入ときた。
 円が強くなればどうなるか、先ず輸入食料・食品、原材料が安くなる。しかし輸入の大半を占める中国製品は安心して食べることは出来ない。今話題のガソリンも輸入価格は下がるドル安の影響で原油が史上最高値で相殺される。
 一方では輸出頼みの基幹産業自動車関連が不振になる。春闘ではここ数年世界のトップクラスの売り上げと利益を誇るトヨタをは筆頭ベースアップは1000円台。現在の状況ではいくら福田首相がベースアップに言及しても給与を上げられない。
 庶民は、しばらくはじっと首をすくめて不況の嵐の過ぎ去るのを待つしかないのだろうか? せめてガソリンの値下がりに期待しよう。
 

盛高について

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 3月13日(木)22時43分29秒
   昭和30年代初めまでは、第六應援歌「盛高よいとこ…」とエールの「ウラー盛高 ウラー盛高 …」で「盛高」使われていました。当時は、盛中(もりちゅうorせいちゅう)から盛岡高校→盛岡一高の流れの中で、「盛中(もりちゅう)」のイメージを残したいがため「一高」ではなく「盛高(もりこう)」という呼び方を継承していたと聞きました。あくまでも伝聞なので正しいとは言い切れませんが納得はしていました。
 ただしエールの「ウラー盛高(ウラーもりこう)」は「ウラーミコー」という発音になってしまうので、昭和32-3年頃「ウラー一高(うらーいちこう)」に変えました。現在もそれでいっていると思います。
 応援歌については時代と共に一部の歌詞や歌い方(テンポ)、旗の振り方が変わってきています。長いものは70年以上になりますのでやむを得ないのでしょう。しかし「盛高よいとこ…」は「一高よいとこ…」にはなりませんなあ。
 

応援歌 歌詞について

 投稿者:MPD  投稿日:2008年 3月13日(木)21時16分3秒
  応援歌の歌詞中に「もりこう」というフレーズがありますよね?
これってなぜ「もりこう」なんでしょう?

ちなみに私の見解では「盛岡高等学校」時代に作られたからと思っていました。しかし、例えば第一応援歌は、あるサイトの情報によると「大正4年制定」、つまりこの頃は「盛岡中学校」であったためこの仮説は成り立ちませんでした。
 

漢字書き取り問題

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月12日(水)16時00分29秒
   明治42年、宮沢賢治は盛岡中学を受験した。
 その時の漢字書き取り問題に「大砲をハッシャ(発射)す」、「鉄瓶のイガタ(鋳型)」、「センダン(栴檀)は二葉よりかうばし」、「歴史をソンソー(尊崇)せよ」があった(カタカナ部分の漢字化)。
 試験の難易度はともかく、興味深いのはその設問だ。大砲は日露戦争の光輝を曳いていそうだ。鉄瓶は盛岡の名産物の南部鉄瓶を意識したか。二葉はいつの時代から双葉の文字に置き換わったのだろうか。尊崇は現在ソンスウと読むのが一般的だ。これもいつから読みが変ったか。そもそも歴史を尊崇するという表現があるとは思わなかった。

 ついでに、前年の皇太子(後の大正天皇)の行啓に「奉迎」の幕が掲げられた。賢治はこれを「ホーゲー」と歌に詠みこんでいる。「ソンソー」もそうだが、当時は長音記号が通例だったか。あるいは「ゲイ」を「ゲエ(ゲー)」と発音した岩手弁か。ゲーシャ(芸者)のゲーシャ(迎車)なんちゃって。

 さらについでを言えば、岩手日報の行啓記事に「イルミネーション」の外来語があった。
 小生、新聞投稿で「ホタルのイルミネーション」とレトリック的に使ったところ「ホタルの明滅」と味も素っ気もなく直されていた。字数制限か外来語の排除か読者が分からんと思ったのか。どれが本当か知る由もない。
 

ルビ振りの効果

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月11日(火)15時39分8秒
   久保田万太郎の『末枯』(うらがれ)のルビの振り方が絶妙である。自棄(やけ)、羞恥(はじ)、蹉跌(つまづき)、同伴(つれ)、散財(ものいり)、寡黙(むくち)、同情(おもいやり)、嬌態(しな)、平生(ふだん)、風評(うわさ)、往日(むかし)、係累(わずらい)、妙な(おつな)などだ。
 つまり、字音語に和語のルビを振ると、漢語だけでも硬すぎるが、和語によって軽妙になる。漢字の持つ視覚効果と大和言葉の下町っぽさがマッチングして、これぞ「読み」の世界の醍醐味だ。

 ついでを加えると、知らない語彙があったのでメモしておいた。「猪牙がかり」(猪牙舟のように威勢のよいこと。勢いにまかせて物事を行うこと)、「折口」(人の死・喪にあうこと)、「下直」(価値のないこと)がそれである。括弧内の意味は辞書で調べたが、同じ項にある文献からの用例は、すべてこの『末枯』が出典であった。
 

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 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月11日(火)15時37分26秒
  久保田万太郎の『末枯』(うらがれ)のルビの振り方が絶妙である。自棄(やけ)、羞恥(はじ)、蹉跌(つまづき)、同伴(つれ)、散財(ものいり)、寡黙(むくち)、同情(おもいやり)、嬌態(しな)、平生(ふだん)、風評(うわさ)、往日(むかし)、係累(わずらい)、妙な(おつな)などだ。
 つまり、字音語に和語のルビを振ると、漢語だけでも硬すぎるが、和語によって軽妙になる。漢字の持つ視覚効果と大和言葉の下町っぽさがマッチングして、これぞ「読み」の世界の醍醐味だ。

 ついでを加えると、知らない語彙があったのでメモしておいた。「猪牙がかり」(猪牙舟のように威勢のよいこと。勢いにまかせて物事を行うこと)、「折口」(人の死・喪にあうこと)、「下直」(価値のないこと)がそれである。括弧内の意味は辞書で調べたが、同じ項にある文献からの用例は、すべてこの『末枯』が出典であった。
 

玄白先生の訓え

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月10日(月)17時16分11秒
   杉田玄白は、養生七不可を説いた。健康維持管理の秘訣ですな。
 ・昨日の非は恨悔すべからず(過去をくよくよするな)
 ・明日の是は慮念すべからず(先のことを心配するな)
 ・飲と食は度を過ごすべからず(ギャル曽根のまねをするな)
 ・正物に非ざればいやしくも食すべからず(中国産食品を喰うな)
 ・事なき時は薬を服すべからず(やたらクスリに頼るな)
 ・壮実を頼んで房を過ごすべからず(女に近づくな)
 ・動作を勤めて安を好むべからず(ものぐさになるな)

 括弧書きは、小生の勝手読みであります。おおむね玄白先生のご説と違いませんよね。
 

「効果」は効果抜群

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月 9日(日)16時43分15秒
編集済
   国際柔道連盟は一本勝ちを奨励するために「効果」のポイントを廃止するという。柔道の本質からすれば正論でしょうが、気がかりもある。
 消極的な対戦相手には「指導」という反則を課しますよね。これは「効果」のポイントに換算される。「効果」が廃止されると、この反則も成り立たない。そうであれば、腰を引いて相手の仕掛けを避け、疲れや焦りをまつ一発狙いの戦術もありえますわ。技の応酬が期待できない試合となる。また、勝ち進むと実力は互角になりますね。一本勝ちどころか「技あり」や「有効」のポイントもむずかしいかもしれない。連盟も「効果」を廃止すると延長戦が増えると予想している。現行では延長戦で先に「効果」でもポイントを取った時点で勝負は決着する。「効果」のポイントが数値化されているから僅差でも勝ち負けは明らかになるわけだ。

 新ルールの細目は決まっていないようだが、「効果」がなければ再延長戦にもなりかねない。あるいは審判の旗判定になるのだろうか。判定はときに疑惑を招きますからね。
 素人である柔道ファンには、結果の旗判定より試合途中の数値化のほうが分かりよいと思いますけどねぇ。
 

(無題)

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 3月 8日(土)17時00分59秒
   中村さんは中学時代から「大納言」の愛称で呼ばれていましたね。言葉を大きく納めるとなれば、まさしく情報ストレージに適います。ハイ、おめでとう。

 また、埒もない雑録。
 散歩の途中、岳林寺という禅宗寺があった。楼門からして古刹の風格がある。
 寺の由来の案内板によれば、「後醍醐天皇の勅願により云々」とある。よく分からんが、要するに後醍醐天皇の願いで開山したという由緒ある寺のようだ。

 興味を惹いたのは、京都の方広寺の鐘に刻まれた銘文を作ったという僧(名前は忘れた)の墓がこの寺にあるらしい。その鐘の銘文とは、例の「国家安康」ですね。家康がなんでオレをバラバラにするのかと豊臣側に難癖をつけて、大坂の陣の引き金となった。
 豊臣家にとってはとんでもない僧だが、家康にとっては天下取りのきっかけにした僧ですな。その時歴史は動いたというわけですが、その僧の墓がどうして方広ならぬ方向違いの西国九州の寺にあるのかさっぱり分かりません。
 

NHK放送文化賞

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 3月 8日(土)01時50分32秒
   白堊三四会中村 慶久東北大名誉教授(元電通研所長)の受賞したNHK放送文化賞は、NHK開局25周年を記念に放送文化の発展・放送事業の向上に功績をもらう賞である。 1949年に制定。正式名称は「日本放送協会 放送文化賞」。
 詳細は下記URL参照。

http://www.nhk.or.jp/bunken/bunkasho/index.html

 

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