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求む飲み仲間

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 1月21日(月)20時54分33秒
編集済
  昨年11月に入った文学同人会の新年会に出席した。初めての顔合わせですわ。
 新会員とのことで、上座の3人席のど真ん中に席をこしらえてあった。両隣は元市長に小鹿田焼きの窯元の長老である。
 自分の歳を棚に上げての話だが、年寄りが多い。名誉病院長やら退職校長やら70代の方々だ。地方の高齢化の影響もあるだろうけど、そもそも若い面々はもの書きに関心がなさそうだ。本気で作家の大望を抱くなら、こうした群れに入らず応募しているだろうし。

 実は、小生の入会の魂胆は、飲み仲間を見つけたいからですわ。竹馬の友や学友のいない他郷では、こうでもしなければ輪が広がらないもんねぇ。でも、年配者が多いということは、その可能性も不確かのようだ。
ところが、二次会に誘われてハタと困った。小生、カラオケが大嫌いなんですよ。ゆっくりと熱燗か焼酎のお湯割がよいのですけどねぇ。
 
 

ミッキーの帽子は誰の?

 投稿者:桃生  投稿日:2008年 1月18日(金)22時22分43秒
  遅ればせながらあけましておめでとうございます。
元旦早々お邪魔したのですが、いつものお楽しみ?がなかったので、どうしたのかなぁと心配しておりました。あっ今年はミッキーかと確認したら安心して?ご挨拶が遅れました。

開運橋から少し上流の北上川の左岸に川面に突き出ている古い柳の木があります。その垂れた枝の下にいつもヘザッコが群れていて、帰るたびにそれを確認するのを楽しみにしています。まだ北上川がにごっていた頃、ここは弟の釣り場の一つでした。何十年もたって水がきれいになったとき、そこに一群れのヘザッコを発見して大層感激しました。そこへ寄れなくても開運橋の上から柳の木を見てあの下にヘザッコが群れているんだなぁと思って通るのです。変わらない自然が残っていることに深く感謝しています。
 

子供の頃は、

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 1月17日(木)16時01分0秒
   ハヤ=へザッコ(ハヤ雑魚か)、ウグイ=クギ、オイカワ=オイカワまたはヤマべなどと言ってた覚えがあるが正しい呼び名かどうかは不明。これに加えてカンツカ(カジカ)が河岸の子供達の恰好の遊び相手であった。
 川であっても漁業権が成立し河川管理は行政が行っているので違反すれば告発されるはずだが、彼の地に居る酒好きののんびりしたお巡りさんでは無理かもしれない。
 

川魚の名

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 1月14日(月)09時11分46秒
  「やまべという魚、山のごとく有難う。ただし、ことごとく腐っていて蛆が湧き、如何にも残念。
 量はさほど沢山ならずとも、腹をあけて焼いて日に干してというだけの手数を取ってもらうとよかった。尤も、宜しき部分を少々取って食し試みると極めてうまい。この魚は一般にははやという。」

 正岡子規の候文手紙を勝手に今風の文体に改めた。
 贈り主に、もらった魚が腐っていた、こうすればもっと良かった、となかなか言えるものではありませんわ。
 ところで、ヤマベはハヤだろうか。辞書によれば、ヤマベは別名関東でオイカワ、北海道・東北ではヤマメとあり、ハヤは別名関東でウグイ、関西でオイカワとある。本来は違う川魚だが、子規の故郷松山を関西圏に含めると、オイカワ=ハヤ=ヤマベとなるのでしょうかね。

 家の前の川には、大型のハヤが集まっている。時々、ごはんを抛ってやる。以前、獲られて一匹もいなくなった。今度は「ここで魚を獲るな」と高札でも立てようかと思ったことでした。
 

右上に…

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 1月 9日(水)23時08分40秒
   バンカラ一高生はTOPページ右上にモデルが居ます。少し美化しているけどま
あ体験したことを絵にした次第です。疾風会世代当たりまではこんな一高生が普
通に居たと思います。
 疾風会もそろそろ還暦ということは、フルアクセルでまっしぐらの人生から
スピードを落として辺りを見回しハンドルを切ってまた違う方向へ… という
選択ができること。仕事人間から脱却できるかどうかがポイントでしょうか。
 

さすがですね

 投稿者:S42・佐藤(泰)  投稿日:2008年 1月 9日(水)06時22分46秒
編集済
   遅ればせながら新年おめでとうございます。表紙のアニメ、私も今年は無い
のかなと思ってたところでした。確かに労力いりそうですね、ご苦労様でござ
いました。

 腰手ぬぐいの長さ形、足駄の高さ、のバランスの良さ、白線の途切れ具合、
帽子の破れ具合、の微妙なタッチは、往時の一高生を見事に再現しています
ねー。お見事です。

 ことしは私も変化の年でいろいろご教授いただきたいこともありますので、
お花見、在京白堊会等、おつきあいをよろしくお願いいたします。先輩のみな
さまのご健康とご活躍を祈っております。

 では今年もよろしくお願い申し上げます。
 

内容は豊富です!

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 1月 7日(月)08時34分52秒
   在京三五会のサイトは画像・投稿など中身が豊かです。懐かしい顔も
見られます。管理運営はたいへんでしょうが、さらに発展するようお祈
りします。
 年賀アニメは、自分のサイト用(flash)、年賀メール用(画像)2種
類と欲張りすぎて白堊の掲載が遅れました。結構手間がかかる!

http://www10.ocn.ne.jp/~hakuaoen/

 

謹賀新年

 投稿者:村野井(1960)  投稿日:2008年 1月 6日(日)23時40分13秒
   今年はアニメはヤメタのかと思ってました。
ワザが冴えてきたようです。今年も宜しくお願いします。

 ↓我が方はアニメはありませんがコンテンツも大分ふえて
きました。出遅れた分、校舎や校歌は他のサイトに任せて
同期生のトピックスを収集したり、作品を「公募」しています。
四季折々の岩手山の写真を送ってくれる人がいて、アルバムを
つくったりしています。ちょっとPRさせてもらいました。

http://www.net1.jway.ne.jp/morioka-daiichi_zaikyou35/moriokadaiichi.html

 

乃木さんの年賀

 投稿者:角谷  投稿日:2008年 1月 5日(土)18時09分53秒
  「…久々御無音に打過候処、実は弾丸と人命と時日の多数を消費しつつ埒明き不申候為、唯々苦悶慙愧の外無之候 漸く須将軍も、根気負けの気味にて開城致しくれ、当方面の一段落を得候 無智無策の腕力戦は、上に対し下に対し、今更ながら恐縮千萬に候」

 乃木将軍が寺内陸軍大臣に宛てた年賀の手紙からの抜き出し。明治38年(1905年)旅順陥落直後のもの。乃木さんは多大な戦死者を出した無能な指揮官といわれているけど、この手紙から当人も無智無策を自認していたのですな。
 ところが、かの奉天会戦で退却したクロパトキン大将は、旅順を落とした乃木率いる第三軍の来るというので相当恐がった。相手方の見方も大事ですな。

 この手紙、骨董市で見つけた『書簡文講話』(大正7年発刊)なる本から拾った。手紙文の書き方という実用書ですわ。そうそう、今日1月5日が水師営の会見の日ですな。
 

謹賀新年

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2008年 1月 1日(火)10時16分29秒
編集済
   明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。
 

テレビ出演の話

 投稿者:角谷  投稿日:2007年12月29日(土)20時03分7秒
   過日、飲み屋に駐在のおまわりさんが来た。
 おかみさんに「顔をパックしたいんや。どうしたらいい」と訊く。
今さら美顔法を施しても、オコゼのような顔が柔和になるわけでもあるまい、と内心思うのだが「どうした?」と尋ねた。
「明日、テレビに出るんや」と待ってましたとばかりに話し出した。訊いて欲しいきっかけをつくりたかったわけだ。

 佐世保の散弾銃乱射事件で、銃砲許可が問題視されている。そんなことから警察は猟銃所有者宅に出向き、保管状況を点検することになった。その検査シーンをNHKのテレビが撮るらしい。署から連絡があって白羽の矢が当たったのだ。
「それならあまり飲まんほうがいいよ。酒臭いとマズイよ」と言えば「俺、歩いて行くよ」ですって。酒気帯びパトカーではまずいと思っているようだ。どうも回路が違う。

 訪問する猟銃所有者は建具職人のおやじで、時々シカやイノシシの肉をくれる。大して欲しくはないけど。
 早速、電話で、銃と弾は別々に保管しているか、弾は800発以上保持していないかなどとすり合わせしている。飲み屋から指図とは不届きだが、おやじも先刻承知していたから抜かりあるまい。要するにテレビ用やらせで、抜き打ち調査ではなさそう。翌夕の地方番で放映されたらしい。あいにく観ていない。
 

銃と爆弾

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2007年12月29日(土)02時00分27秒
   日本でも30万丁以上の許可された銃と不法に持ち込まれた拳銃が数知れずある。パキスタンのブット元首相が射殺された上に自爆テロにあった。そのうち銃乱射と爆弾テロの両方をやってしまう人間が出てくるかもしれない。それ日本人がやりそうでならない。世界有数の格差社会になったとか、取り締まりは当てにならないし自ら用心しなくてはならない。
 銃の所有許可は簡単に出るようなので自衛用に手に入れるケースが増えるかもしれない。まったくいやな世の中になったものだ。
 

銃事件

 投稿者:角谷  投稿日:2007年12月25日(火)10時26分37秒
   今年はアメリカ並みに銃の事件が多かった。
 知ってのとおり、アメリカでは銃で実弾を撃たせる商売がある。好奇心からセミオートのコルト、レボルバーのスミス&ウエッソン、ライフル銃で射撃したことがある。その体験から、銃とは持てばぶっ放したくなる代物なのだ。人間は狩りをしたい本能があるようだ。
 トリガーに指がかかると、取り返しがつかなくなる。だからバカ親の不注意から子供が暴発させる、乱射して犠牲者を増やす、官需品で自分の頭をぶち抜く。
 会議で「これをトリガーにして」などと比喩的に使うのは無神経かもしれない。
 

少々のお金

 投稿者:角谷  投稿日:2007年12月23日(日)09時56分3秒
   チャップリンの名作『ライムライト』に、「人生に必要なものは勇気と想像力そしていくらかのお金だ」という名セリフがありますな。

 囲碁の岩本薫九段は97歳で他界したが、老いても矍鑠としていた。長寿の秘訣を訊くと「五もつ」と言ったそうだ。健康を保つ、目的をもつ、趣味をもつ、友をもつ、金を少々もつということだ。これも卓見である。ただし、難癖をつければ、健康を保つための秘訣を解き砕いてほしかったものです。
「金を少々もつ」は『ライムライト』のセリフに共通するが、実は、岩本九段は囲碁の海外普及に五億円以上の私財を投じているという。
 単なる金満家の「お金を少々」では、何をおっしゃると言いたくなるが、九段は慈善家であるが故に、少々のお金でよいという言葉は千金の重みがありますわ。

 まァ、お金はいくらあっても邪魔にならない。これが定説ですけどね。
 

タコ野郎

 投稿者:角谷  投稿日:2007年12月18日(火)09時29分8秒
   柴又生まれの寅さんが、隣の印刷屋の社長を「タコ」と罵りますよね。社長役の太宰久雄の風貌からタコを彷彿させたあだ名かと思っていた。
 ところがある本によると、東京下町では「タコ野郎」は「バカ野郎」以上の罵倒する言葉とある。

 徳川の家臣には旗本と御家人がいた。将軍にお目見えできるのは旗本で、御家人にはそれが許されない。それで御家人衆は「お目見え以下」といわれ、「イカの者」とあざけられたそうだ。それに対抗して「なんだ、タコ野郎」と言い返したのが由来とか。眉唾の説ですな。仮に武家の嘲り語にしてもなんで下町言葉になるのですかね。

 ただ、タコ配当やらタコ部屋やらタコ坊主やらとタコにはあまり良い言葉がない。だから「タコ」と呼ばれていい気はしないのは確か。太宰久雄の生家は浅草の海苔問屋とか。生粋の下町っ子だったから、「なんだ、このタコ」の罵声に本気で怒ったかもしれませんわ。

 ところで、受験生は机の上にタコを置いていたという話がある。オクトパス(置くとパス)の語呂とか。イイダコでは大望は叶わぬだろうし、タコ足だけでは足切りになって都合が悪いでしょうが。タコに縁あるテンタクルも点手繰るかな。
 

竹スケートもあった…

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2007年12月16日(日)10時47分19秒
   下駄スケートが買えないときや年齢が低いと「竹スケート」をつかった。30cm弱の太い竹を半分に割り割れた面をなめらかにして前後を少し削り上げる。表面(革にほう)に三つ穴を空け鼻緒を付ければできあがり。
 ベンザイは聞いたことがないが「下駄スケート」として知っているものは確か「つまがわ」(下駄の全部の雨よけカバー)が着いていた。馬そりの後ろなどに掴まって良く叱られたもんだなあ。さらに腕が上がると長靴に取り付ける「靴スケート」で遊んだ。
 

本から拾って

 投稿者:角谷  投稿日:2007年12月14日(金)10時35分32秒
  「昨夜は殊の外安眠致し候 別段の発熱もなく今朝は実に心地よく御座候 御安心被下度候 ただ心中無限の幽愁に充たされ 白河関外秋色深く 時々窓外に頭差し出して塩原何処ぞと顧みることに候
 十七日午前八時二十五分盛岡停車場にて」
 国木田独歩のハガキです。明治何年か知りません。白河辺りが秋色深いとありますが10月ですかね。その時分はまだ明るいのに、盛岡には翌朝着くのですな。

「足にベンザイ(下駄の底が三角に尖って、そこに長いすべり金をうってあるもの)を穿いて、飛鳥のようにそこらをすべりまわった」
 石坂洋次郎の昭和15年の短編『やなぎ座』の一説。子供の頃、「下駄スケート」と呼んでいたのがこのベンザイですかね。聞き覚えのない用語ですけど、秋田か青森の言葉かね。
 

何と言えばよいか

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2007年12月 9日(日)17時06分54秒
編集済
   ご当地ドラマなどというものは、皆この程度に違いない都は分かっていても。岩手山とそれを望む盛岡の航空俯瞰画像だけが唯一の楽しみではあった。
 盛岡に行って本物の古里を楽しむ方がよっぽど良かった。さて総集編は… 家族も「もは、(見なくても)いいなは」と言ってるのだが…
 

<「どんど晴れ」スペシャル>総集編

 投稿者:村野井(1960)  投稿日:2007年12月 6日(木)21時40分11秒
   数日前に送られてきた『街 もりおか』(12月号)によるとスペシャルと総集編の放送スケジュールは次の通りです。
■総合テレビ 12月28日(金)
午前8時35~9時20分
■BS2 12月31日(月)
午後6時~6時45分
<「どんど晴れ総集編>
■総合テレビ
第1回12月29日午前8時15分~
第2回12月30日午前8時15分~
第3回12月31日午前9時~
■BS2
1月2・3・4日午前10時~11時15分
 賛否両論でしょうが、お楽しみ下さい。

http://www.net1.jway.ne.jp/morioka-daiichi_zaikyou35/moriokadaiichi.html

 

在所の秋

 投稿者:角谷  投稿日:2007年11月29日(木)09時27分51秒
   冬支度はいつ頃だったかと思うほど暖かい。散歩に出ると里の秋の風情はまだまだ濃厚だ。
 色鮮やかな柿の実や緑黄色のゆずの実は放置されたままだ。誰も取らないし、カラスも喰わない。有り余って、もう沢山というわけ。イチョウの黄葉も見ごろである。この地はギンナンが特産らしく食傷になるほど貰う。
 しかし、里の彩りと違って、眺める山々は秋色に映えているとは言いがたい。杉材の産地で杉山が多いからだ。それでも、その山にも紅葉が紛れ込んでいる。聞けば、はぜの木という。鳥が運んだはぜの種から自生したのだろう。この地方はまた、はぜ蝋の生産も盛んだったことがうかがえる。
 米沢藩はうるしの実から作る漆蝋を奨励していたが、江戸表から「このところ西国はぜ蝋ますます盛んに相なり云々」と売れ行きが悪くなった情報を寄せられたとか。はぜ蝋は漆蝋より良質というから、この一村一品では、西国が一枚上手だったようだ。

 話が逸れた。紅葉狩りに菊池渓谷(熊本)、耶馬溪、彦山を訪ねたが、色づきは物足らない。概して東北の山に較べて色彩に乏しい気がする。九州はガァーと冷え込まないので、冴えた色にならない。今年は特にそうだ。
 

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