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馬琴忌でした

 投稿者:ゆこぅ  投稿日:2013年11月 7日(木)14時03分0秒
  焦ることなかったじゃないですか伊井さん…
ほっとしてます。よかった。
そう簡単には馬琴先生のとこに行くお許しは出ないのですわ。
 
 

緊急更新

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2013年10月 6日(日)11時02分59秒
  今回は馬琴忌を待たず1カ月早い更新となりました。末期癌で余命幾許ももないためです。まだまだ書きたいことは膨大にあるのですが、これも天なり命なり。おまけにパソコンのハードディスクが御釈迦寸前で、此方も末期状態。終わりは突然、そして一気に来るものだ。
今回は、232「小説比翼文のエロス」、233「男色は悪か」、234「一冊で三度楽しい」の3本を増補します。こんなことになるとは思ってもいなかったので、いつも通り御茶らけて男色に就いて書いてしまった。でも結局、私は男色家ではありません。妻を愛している。息子をも愛しているが、其の話は別。いや近世文物を扱うと、如何しても男色の話は避けられないってだけのことだったんです。パソコン通信の時代から15年以上になるかな、「伊井暇幻」の名跡を使ってきたけれども、まぁ人生そんなものかも。
皆様方に於かれましては、ご多幸ご健勝に。

■小説比翼文のエロス■
馬琴の最初期読本「小説比翼文」は、一筋縄ではいかない奇作だ。本文は変哲がない。実際に起きた大量辻斬り事件/平井権八一件を題材に採った、一連の文物に連なる。権八の父が番{つが}いの雉を射殺したことが息子に祟る。仏教的な因果応報譚の側面もある。活動年代がズレている播随院長兵衞と権八が、何故だか「絡む」けれども先行する文物も好んで絡めさせているから気にしない。因みに「絡む」内容は男色関係だ。平井権八や名古屋山三という名前は、威勢の良い美少年の代名詞/象徴のようなもので男色関係が付き物となる。美少年は、社会に於いて男の行動基準で動くけれども、セクシャリティーとしては男と別個であり、男女双方から欲望の対象とされる。擬似的な両性具有/アンドロギュノスである。小説比翼文の本文だけ読めば、目を惹く点は、上記因果応報の色彩を帯びたぐらいのことで、先行する芝居などをノベライズした程度のものだ。ただ其の「ノベライズ」のレベルが半端ではない。表面的なものではなく、歌舞伎そのものを文字に移し替えようとしている。
歌舞伎は、幕府の禁令によって、女優を有しない。一部の選ばれた男優が女性を演じる様式がハッテンした。美しい女形は、男にとって性欲対象であった。其れが女装して舞台に上がり、男と絡み合うのだ。単に「男」が女装して男と絡んでいるのではない。また女形は、平井{/白井}権八など美少年も演じ、男との男色関係も見せ付ける。男-美少年-女という、【三つの性】が流動化しているのだ。
小説比翼文では、男の中の男/播随院長兵衞と男色関係にある権八が女装して、遊女/小紫と性交に及ぶ。女装した男が女と性交する発想は、先行する中国小説{}にもあるようだが、当時の読者にとって歌舞伎で知られた平井権八物語で採用した点を見逃すことは出来ない。更に云えば、小説比翼文の「自叙」では権八と長兵衞が男色関係にあったと語られ、男の欲望を集めた歴代の女形が列挙されるが、「小紫」の名もある。元々権八物語に登場する遊女は小紫/濃紫だから小説比翼文に登場する小紫も女性である筈だけれども、「自叙」により、其の前提が揺るがされている。作中事実は女性でありながら、わざわざ「自叙」で小紫という女形の存在に言及し、動もすれば絶対化されがちなセクシャリティーというものに、疑問符を突き付けているのだ。其れは平井権八物語のストーリーのみならず、歌舞伎というものが醸す濃厚な妖しささえ、「ノベライズ」する試みではなかったか。

■男色は悪か■
父が番いの雉を殺したことによる因果応報をベースに、人間が固有の「弱さ」によって転落してゆく態を、小説比翼文は描いた。歌舞伎の世話物一般に見られる、或る種の「人間肯定」だ。誰だって否定されたくはない。観客・読者に媚びるなら、如斯き方向性もあり得るだろう。しかし馬琴は後に、「人間の弱さ」に対して必ずしも甘い態度をとらなくなる。八犬伝では、殺生禁断の場で魚を捕った糠助{犬飼現八実父}がおり同情すべき「弱さ」を見落としてはいないものの、小説比翼文で見せた甘さは見られない。
小説比翼文に於いて、主人公/平井権八が転落していく大きな画期は、播随院長兵衞と男色関係を結んだ瞬間だ。元々上方まで逃げる積もりが、長兵衞に引き留められ、遊女/小紫と出会う。後は、お定まりのコースを辿り、悪人/辻斬り犯へと転落していく。男色が、権八の人生を狂わせたと云える。しかし一方、積極的男色家/念者である長兵衞は最後まで男らしい善玉、少なくとも常識人として振る舞う。馬琴の男色に対する態度は、実の所ニュートラルである。
江戸期、権力/大名の居所で、政務を執る場を表、性行為を含む私的領域を奥と呼んだ。政治決定は表の議論によって進められるが、大名/主権者の内面は「奥」で形成されることがある。権力過程の表面は、男の世界であった。表の世界さえ我利我利亡者の化かし合いであるのに、男が奥に入り込んで主権者/大名と私的関係を結べば、「公」というものが滅茶苦茶になる。青砥藤綱摸稜案の「再篇摸稜案序」冒頭で馬琴は、「治天下之道、惟公而已。公、則胡越一家。私、則肝膽楚越。此古聖人所以視天下為一家」と宣言した。胡越/利害の反する者同士を、一家として組織するためには調整が必要だ。最小限ずつであっても人々の欲望を広く認めて調整する空間が「公」なんである。其処に支配者の「私」/恣意が入り込めば、調整は失敗する。背景には、儒学すなわち「私」/恣意を抑制することが「公」を主宰する支配者に強く求めるという思想が在った。
やがて八犬伝では、多用な庶民が「一家」として暮らせるよう、為政者/武士に極めて厳しい倫理を求めることになる。田原藩にあっては、家老格の渡辺崋山は為政者と同一化し藩士の俸禄を極限まで切り詰めることを考えたが、より下級の小姓格の者たちは俸禄の不足分を補うよう要求した。為政者/武士といっても階層/権限により意識が変わってくることは已むを得まいが、支配階級でありながら上位者へのみ責任を負うとの意識は、庶民に対する責任放棄と表裏一体だ。八犬伝刊行当時、江戸末期に於ける武家の頽廃は、既に「めっぺらぽんのすっぺらぽん」などで言及した。八犬伝は飽くまで、支配階級/武家に対して「甘えるな」と云っているのみである。別に犬士並の倫理観を庶民に求めているものではない。
小説比翼文{享和四/文化元/一八〇四年}段階で、ただ【欲望に引かれる人間の弱さ】を肯定していた馬琴は、其れを肯定する読者が多いと想定しつつも、否定して社会を前へ進めようという強い意志を持つに至った。まさに【欲望に引かれる人間の弱さ】から脱皮し、より強固な勧善懲悪指向へと成長したのだ。{お粗末様}

■一冊で三度楽しい■
馬琴の「六冊懸徳用草紙」は意欲的な作品といえる。分類としては、五丁三冊の草双紙であって、本来シリアスな物語の場ではない。しかし上段で読本っぽい「五大力」物語を語り、下段は各頁毎、掌編笑話を載せている。上下段で別物であり、だからこそ三冊でありながら「六冊懸徳用草紙」なのだ。一冊で二度面白い、というのだろう。しかし冗談で……いや、上段でシリアス・ストーリーを語り、其の場面に関連した笑話を下段で対照させる形だから、結果として【第三の流れ】が発生する。まずシリアス・ストーリー、そして各場面を悪茶化す笑話、其の結果として悪茶化されたシリアス・ストーリーとの三点セットになるのだ。
実はシリアス・ストーリー「五大力」は、建部綾足の西山物語を、やや省略しながらも精確に模したものだ。西山物語は、妹と恋人の結婚を拒絶した相手方当主の面前で、妹を斬殺した事件{/源太騒動}を題材に採っている。此の実際に起きた事件は一応、二夫に見えず、を地で行った椿事であって、武家倫理の貫徹という側面が、世情の喝采を浴びたらしい。綾足も感心したから短期間で西山物語を書き上げたわけだが、事件に大きく脚色を加えた。其れが「五大力」そのものの西山物語である。源太騒動は、淫乱な妹に対し親権を行使した私刑事件として処理された。兄は無罪となった。やはり事件に関心を持っていた上田秋成が後年、犯人である兄と面会し、事件を忠実に再現した「ますらを物語」を書いた。芝居掛かった脚色を加えた西山物語は、事件に込められた武家倫理を冒涜するものだと感じたのだ。
馬琴の「六冊懸徳用草紙」は、西山物語を悪茶化していることになる。秋成と同様の感慨を抱いたのかもしれない。しかし馬琴は、勧善懲悪を掲げる読本作家を志していた。西山物語を悪茶化しながら、そのような悪茶化しが差し込まれない、より鍛えられ隙のない倫理の精華を夢見たに違いない。しかし「六冊懸徳用草紙」を刊行した享和二{一八〇二}年、まだ読本発表の立場を得ておらず、草双紙らしく悪茶化すことしか出来なかったのではないか。そうして見ると、「六冊懸徳用草紙」は、倫理というものを重視する馬琴の態度もしくは読本指向が強く表れた作品のように思えてくる。

http://lovekeno.iza-yoi.net/inu_ind.htm

 

七夕更新

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2013年 7月 7日(日)09時23分51秒
  今期の七夕更新は次の通り。

228.処女懐胎:伏姫が処女懐胎する意味を探る。卵子は到達してきた最初の精子を受け容れた直後、その他の精子を拒絶し始める。このメカニズムは、母なる者が配偶者ではなく、胎児と排他的な関係を結ぶこととパラレルである。生理上、母は子と排他的に結び付く。配偶者は、生命発生の契機を与えるに過ぎない。しかし子どもの遺伝子は半分、配偶者のものだ。子どもは、個性によって特定される何者かの性格を受け継ぐ。そして子どもは個性を有ち、外ならぬ特定された個人となる。特定個人としての子どもと排他的な関係を、母は結ぶ。裏返せば、母は子ども以外の者を排除する。此の意味で、普く開かれた門/観音菩薩のような【万人の母】は存在し得ない。但し、卵子をして新たな生命たらしむるものが、全く無個性で、ただ生命そのものとしかいえないなら、如何か。八房犬は玉梓の後身であるが、そもそも犬となった時点で応報は完了しており、玉梓ではなくなっている。あくまで八房であるに過ぎない。しかも八房は、富山で伏姫の読経を聴くうち、浄化される。成仏とは、現実界に生きる上で必然として身に負う穢れを、全く浄化されることを意味する。ならば、八房が死ぬ前後、玉梓が成仏したとは、玉梓/八房が、俗垢/個性を全く払拭され、仏のように清浄な生命そのものになったことを意味する。結局するところ、伏姫が授精した八房の生命は、玉梓としても八房としても個性を払拭された無垢な生命そのものであった。処女は万人に開かれている。しかし個性ある配偶者を得て、何者かの妻として、新たな生命を孕むことは、其の何者かと繋がることである。しかし其の「何者」かが、全く個性というものを有せず、生命そのものであれば、如何か。個性によって特定されず、万人に共通する生命そのものと繋がれば、其れは特定者ではなく万人と繋がることと等しい。いまだ誰かに拘束されず、万人に開かれた処女が、生きとし生けるもの総ての子を孕む。もとより伏姫は、八房と肉の交わりを行わなかった。其れが故に肉体は「処女」の儘であった。気は相感した。しかし、気の相感も、個性を以て特定される次元ではなく、全く無垢な生命そのものとなった八房との間に行われた。八房と特定すべき存在ではなく、生きとし生けるもの総てと置換可能な、生命そのものと相感したのである。気の側面に於いても、万人に開かれているという意味で、伏姫は処女の儘であった。何処かの家に、誰かの妻として組み込まれるのではなく、ただ処女と同じく万人に開かれた状態のまま懐胎し母になる。出自による敵/味方といった関係性から全く自由に、万人を包み込む普門の菩薩/観音になるための必要条件だ。
229.命を託す死:八犬伝の原理/天理に於いて善は、【生命を愛し愉しむ】ことだ。にも拘わらず、善玉ほど容易に命を投げ出しているようにも見える。一見すれば矛盾に思える善玉の死は、個に閉じ籠もる生命を前提にしては理解できない。親子もしくは相感した者同士で、生を託す者こそ、容易に命を投げ出している。「容易に命を投げ出」してはいるが、其れは消滅を前提としているのではなく、誰かに自らの命を託す行為であった。個という煉獄/独房に閉じ籠もるのではなく、受け渡し可能な生命の繋がりが、前提として浮かび上がる。生命の受け渡しが可能だとか、そんなことは科学では証明されていないし、現時点で科学は証明する能力もあるまい。但し、証明できないからと云って、神ならぬ身で、仮説が間違っているとも断言は出来やしない。もとより、人は事実そのものではなく、事実を如何に認知するか如何に受容するかで動く。例えば我が子を抱くと、此の生命が自分由来であるとの確信から、様々な妄想が湧く、恩愛が生じる。妄想こそが人を動かすとの側面は、なかなか否み難い。人は、他者とさえ繋がり得ると思い込みたいものだ。だからこそ現代政治/安手の詐術が、罷り通っていたりもする。震災復興だ絆だと新たな税を設定したり増税したり、無関係としか思えないことに金をバラ撒いたりしている。そもそも個々分断するならば、国家が存在する意味も徴税の意義も無い。個々分断せず、群れるなら群れるで、其の群れは如何な原理によって統合さるべきか。馬琴は八犬伝の原理として、善を【生命を愛し愉しむ】ことだと規定した。其の上で、善玉は容易に命を投げ出す。投げ出すが、捨てるのではなく、受け渡す。互いの生を価値あるものだと認め、個々分断せず繋がり得るし受け渡しが可能だと確信しているからこそ、「容易に命を投げ出す」/【命を託す死】が成立する。【生命を愛し愉しむ】原理と矛盾は生じない。馬琴の標榜する「勧善懲悪」の背景である。

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小浜圧勝

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2012年11月 8日(木)07時12分13秒
  新自由主義ロムニーに肩入れしていた日本メディアは、接戦を制したとかトボけたことを云っているが、選挙人数を見て誰が「接戦」と感じるか。まったく無知蒙昧で困る。ClearVictoryだろぉが。
といぅ意味では日本メディアは確かにリリカル。なるほど。

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(無題)

 投稿者:サト  投稿日:2012年11月 6日(火)03時38分31秒
  みんなでリリカル死んで償え。  

馬琴忌更新

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2012年11月 6日(火)02時34分45秒
  今回の馬琴忌更新では、「ぽっちゃり可愛い小文吾が実は性悪?」「天は個人と繋がる」「天なるかな命なるかも」の3本を追加しました。
「ぽっちゃり可愛い小文吾が実は性悪?」悌犬士であり理念上は末弟である小文吾は、商人に化け愛嬌を振りまいたりしているが、実のところ地回りであった。民間に在って、圧倒的暴力を背景に庶民の争い事を裁いたりしていた。ただ単に可愛らしいだけではなく、性悪説を採る荀子の系列であった。
「天は個人と繋がる」そもそも天命とは何か? まぁ実際には知ったこっちゃないんだが、八犬伝に於いて頻出する語句であり、重要なものであると目せる。天の命ずる所、である。しかし例えば論語・為政の記述「五十而知天命」を素直に読めば、文脈に従う限り、【天の摂理】ぐらいの意味だ。即ち天が万人一律に下す命令である。此のとき、人は顔の無い大衆/Massとして扱われており、当該箇所は、聖人君子の生涯をモデル化したものとなり、孔子の個人的な述懐ではない。宋学までの解釈だ。しかし何時からか、此の章句は、孔子一個人の生涯を振り返ったものだと解釈し直された。即ち、天命を、孔子個人の運命・宿命と考えるようになったのだ。八犬伝でも概ね、天命は、運命・宿命の意味で使われている。こうした用法は遅くとも、朱子学と対峙した、伊藤仁斎や荻生徂徠に見られる。八犬伝は、程子や朱子の云うような「天命」を採用していない{但し現在までには朱子学流も天命を運命と捉えるようになっている}。儒学に於いても、天や聖人は人間一般と隔絶したものではなく、寧ろ個々人と繋がるものへと変化していった。
「天なるかな命なるかも」八犬伝に於ける「天命」は概ね、運命の意味で使われているが、一定地域の支配権を与えられることや天の摂理を意味する場合もある。しかし以前から云っているように、儒学は八犬伝の上部構造に過ぎない。基底には仏教や民俗神道が流れている。そもそも八犬伝の主宰者もしくは預言者といえば役行者だが、彼こそは仏教と民俗神道が混淆した場所に屹立する、神変大菩薩であった。儒学に於ける「天」は、中国民間信仰/道教を通じ、仏教に於ける天部{四天王}や民俗神道の天いまで繋がっていく。神仏儒道の豊かなる混淆である。

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中国の航空母艦

 投稿者:ほらひれ  投稿日:2012年10月 4日(木)00時53分23秒
  「リャオニム、堪んねぇ、見た目はクタビレってけど中身は熟して……んんっ、しかも処女同然。内熟ってやつか、……おぉ」「やっやめてっ、あ、アタシは航母よ。こんなことしてタダで済むと…」「皇母だとぉ? へへっ昔、呂不韋ってスケコマシがいて、秦王政の母親をズップリと……おぉっと、逃げんぢゃねぇ。くわえろ」「んんんっっっ」「おめぇみたいに周りから傅かれなきゃ何も出来ねぇ女が偉そうな口きくんぢゃねぇよ。おらぁ、吸えっ、こん売女ぁ」

いやまぁ、ただ粋がりたいがために空母を就役させるって、どこのDQNかと。
 

五輪と国境問題

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2012年 8月13日(月)10時57分11秒
  国境とは何歟と云えば、かなり人為的なものだ。理念としては、首都を当該国家の最も「らしい」場所とすれば、ボーダー周辺は其の「らしさ」が最も薄まり、動もすれば隣国と混淆する部分となる。其処に住む者にとって、隣国のAは隣村のAだったりもするだろう。しかし近代以降、人為的な国境とやらが、リアルな地域社会を分断する。隣村のBが、他国のBとなる。しかし、近代国境の顕在化以前から続く、歴史・文化・気候・風土は、簡単には切り離し得ない。線としてのボーダーが無意味なものだとまでは言わないが、人間の交流実態、歴史・文化の分布からすれば、不自然な場合もある。

竹島も別に、前近代には国境争いの対象とはならなかった。実態は不明だが、何となく双方の漁民などが共存していた地域だろう。其れをサンフランシスコ条約時までに日本領とした主体は当然、ポツダム宣言を発した連合国であった。此の場合はアメリカとなる。1905年にウニャウニャというのは敗戦国日本にとって、屁の突っ張りにもならぬ。ポツダム宣言によって、日本の国境は引き直されてしまっている。

昨年公開された1953年11月30日付のアメリカ駐日大使書簡は、竹島を日本領だと確認しつつ、日韓双方と良好な関係を保つため領有問題では中立を保つこと、余りに日韓関係が険悪となった場合にはラスク書簡を提示して韓国に諦めることを促すとの進言が明記されていた。
既に此の時、韓国が李承晩ラインを勝手に設定し、竹島領有を根拠無く主張していた。日韓の関係が緊張した。1954年、韓国は、沿岸警備隊という軍隊と警察のハイブリッド集団を使って、竹島を侵略した。連合国として日韓国境を設定したアメリカは、実のところ顔に泥を塗られたわけだが、情けなくも【泣き寝入り】した。
もとより韓国の強気は、北朝鮮に対する防共堤防としての自分の価値を理解していたからこそ、我が儘し放題であった。アメリカも顔に泥…というより、イマラチオの上にブッカケまでされて、オメオメ【泣き寝入り】しているのである。裏返せば、国境という虚栄心を擽る部分で譲歩し、経済支配を受け容れさせているとも見える。ならば【泣き寝入り】ではなく【売春】だ。韓国は快楽の裡に、バキューム吸引によって国富を呑み込まれ続けている。

しかし時代は変わりつつある。北朝鮮は代替わりし、砲兵戦略の専門家が失脚し経済系側近が勢いを増しているとのニュースも流れた。北朝鮮が中国同様の一国二制度へ移行し、核問題が解決すれば、アメリカは北朝鮮を敵視する理由を失う。あるとすれば軍産コングロマリットの儲けだけだ。合理的選択とすれば、巨大な赤字を抱えるアメリカは軍事力を必要最小限に切り詰める方向へ向かわざるを得ない。中東・北朝鮮への二側面対応は無理がある。
結局、韓国はアンチ北朝鮮としての役割を低下させざるを得ない。そうした時代に於いて、さて自ら引いた国境線を否定され【泣き寝入り】させられた恰好のアメリカは、いやまぁ実は韓国に強制猥褻されているかの如く装った売春に過ぎないとしても、何時までもしゃぶる理由は無くなる。そのときアメリカは如何に変化するか。
表面上は何も変わらないだろう。しかし北朝鮮が代替わりの時期を迎えた頃、何故だかアメリカの駐日大使書簡{1953年11月30日付}が公開状態に移行した。まぁ期限が切れたということにしておくのだろうが、竹島の日本領有を確認するものである点が、甚だ興味深い。

東亜の片隅で、韓国大統領が竹島に上陸したことなんざ、世界の大多数にとって、如何でも良いことだ。「ふぅん」で済む。しかし全世界が注目する五輪で、しかもマイナー競技ではなく世界で最も人気を集めているサッカーの3位決定戦で起きたハプニングは、辺境の貧相な「大統領」の動向なぞより遙かに興味を惹く。このニュースで多くの人が、日韓で国境紛争が起きていることを意識しただろう。
しかも五輪で韓国選手は、バドミントンでは無気力試合で失格となり、フェンシングでは一時間も座り込んで判定に対し駄々を捏ねた{サッカーの凶暴プレーは或いは許容範囲かもしれない}。対して日本は、女子サッカーが最強アメリカと渡り合い、負けはしたものの試合後に笑顔でリスペクトし合った。こうした対比ストーリーで映像パッケージを発信すれば、例えば、国際司法裁判所提訴に韓国が応じるよう求める圧力にもなっていくだろう。卑怯者だとの大合唱で韓国を追い詰めていけば良い。今となっては、五輪代表の笑顔と倫理観が、日本最強の外交兵器である。此の機を逃す術はない。
徹底的に追い込め。しかし韓国は、人の噂も七十五日、世界中からの非難が止むのを、耳を抑えて待つだろう。日本側は、映像パッケージ配信や新たなネタ発掘により其の「七十五日」を出来るだけ長引かせなければならない。
其の上で、アメリカの線引きを尊重し、竹島の領有を確保しつつ、竹島周辺までは【恩恵的入り会い地】扱いとする。所有権は日本だが、漁業・回遊の使用権を認める。其の上で、本当に地下資源があればの話だが、共同開発を持ち掛けても良い。バカガキと同じレベルまで下りて喧嘩をするなぞ愚の骨頂だ。
国境紛争は、実利も然ること乍ら、一線を越えるか越えられるか、スポーツのように解り易く闘争心を煽る、恰好の案件である。世論を動かし易く、国家間対立を増幅しがちだ。しかし冷静に見れば、国境周辺では歴史・文化・気候・風土は融け合っている。国境なんざ、国家の形を確定するため必要なだけのものであって、民俗実態に合わせて、多少の曖昧さを残しても良い、其の程度のモノなのだ。
こうした寛大な態度と、国境というモノに就いての新たな概念提示により、日本への注目度が高まれば、竹島周辺の入り会い地化なぞ、安いものではないか。
 

七夕更新

 投稿者:伊井暇幻  投稿日:2012年 7月 7日(土)03時37分24秒
  海南人文研究室{http://lovekeno.iza-yoi.net/
犬の曠野{http://lovekeno.iza-yoi.net/inu_ind.htm

伊井暇幻読本:南総里見八犬伝。今回の七夕更新は、

224.隠微の筆致
225.「あぁん御髯が擽ったぁぁい」
226.八犬伝の妻

の三本を追加したものです。
 隠微の筆致は、八犬伝に於ける「君雖不君臣不可以不臣」{古文孝経孔安国序}の用例から、馬琴が、動もすれば純化し尖鋭化しがちな倫理面の記述を商業作家としてオブラートにくるむ「隠微な筆致」を採用していることに言及。
 「あぁん御髯が擽ったぁぁい」は、第一次上洛で管領・細川政元に肉体目当てで拉致監禁された犬江親兵衞が三国演義の関羽に擬せられていることから、ならば曹操も関羽の肉体目当てで捕えたのか、との無意味な疑問を差し挟み、宦官の孫だった曹操が女役だと推論。ならば美髯公と呼ばれた関羽の胸に抱かれながら「あぁん御髯が擽ったぁぁい」とでも云ったか、と考える。何と云っても中国明代の笑話集には、張飛が男に肉体を差し出す小咄が載っている。勿論、冗談だ。八犬伝で関羽の挿話を撫ぞる者は親兵衞だけではない。犬田小文吾も犬川荘助も小湊目も音音も秋篠広当も、関羽だ。八犬伝の登場人物たちは、先行する文物上の人物と、多対多の対応をしている。また、親兵衞の第一次上洛と南関東大戦がパラレルな関係にあることを確認。八犬伝が性全般を否定してはおらず、其れが権力関係に持ち込まれた場合の罪悪を批判することを土台に描かれていることを指摘する。
 八犬伝の妻は、盧橘・吾嬬前が白前に代わって里見義成の正室になる意味を、浜路が「弟橘姫義烈」を表している点に求める。また、八犬伝には多様な夫婦関係が描かれており、其の中で犬塚信乃・犬村大角・犬江親兵衞といった【純愛系】が馬琴の理想だったことを示し、其れが偶々近代ブルジョア倫理と表面上は合致していることも、現代まで八犬伝が読み継がれている理由の一つだと考える。
 

 投稿者:ほらひれ  投稿日:2012年 6月11日(月)04時40分52秒
  \      /::/:::::::::::::::::::::::::::::ィ::::::ハ::::::::::ヽ::l:::::::::::)  く  .百 申
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`ヽ、   //::l:::i:::,A-|-.|:/ /  レ  二,.--c-|:::::::く   .か は い
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